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ぼそっと僕は小言を言う

それなりに人生やってきたつもりだけど、よくわからない。

小言

自分 こじらせ男子

最近20歳になりました。
なのでここで自分の人生を振り返ります。

興味ないかもしれないけど。


産まれる


1996年7月に、ある産婦人科病院にて産まれる。身長は52cm。体重は3480g。(たしかそう)

体重から見てとれるようにまあまあ大きい赤ん坊だった。
母親に陣痛が来てから26時間経ってやっと産声を上げた。さっそく僕は母に大きな迷惑をかける。

ちなみに赤ちゃんの頃はとてもぶくぶくだったそうで、僕の将来の身体を当時は心配していたようだ。
といっても赤ちゃんって大抵ぶくぶくだよね…。


まあでも他の赤ちゃんと比較しても大きめの身体であったことは事実だそうだ。

成長の遅かった乳児期


一般的に赤ん坊が立つことが出来るようになるとされているのは、およそ1歳くらい。
早いと8~10ヶ月でもう立てるらしい。

ちなみに僕の場合は立つことが出来たのは1歳半とかそれ以上だったとかでかなり遅め。
まだぶくぶく太っていたためとかいろいろ原因はあるが。

ちなみに早い赤ちゃんはもうたちが出来るとされている8~10ヶ月のころにはまだ寝返りすら打てていなかったらしい。
そりゃ両親も心配しますわ。

運動神経の悪さはこの頃から健在のようだ。

クソガキ幼稚園児時代


正直ぽつりぽつりとしか覚えていないのだが、思い出さなくてもいいかなって。
いや、はっきりいっていい思い出はないかな。

年少のとき、僕はクソガキだったらしい。
そのころの僕について親に聞いてみると、
「平気でお友達の遊び道具を奪ったり、お友達のことを叩いたりする困った子だった」らしい。

母親によると、当時母は僕の4つ下の妹を妊娠しており、僕はその影響でかなり精神的に不安定だったんだとか。
また、僕の本名が変わってる名前で、DQNネームとは違うけど、自分の本名とかで周りの友達にいじられるのが嫌で、そういうことをするようになったのではないかと。

それで当時の幼稚園の先生にもよく叱られたし、叱られすぎて先生のことは大嫌いだった覚えがある。

妹が生まれてからは僕はだんだんと落ち着きを取り戻すようになってきたそうだ。


それでも、園児初期の僕の周りへの態度とかが要因で、その後も卒園するまではちょくちょくいじめられていたりもしてた気がする。
さっさと幼稚園卒園したいと思っていた覚えがぼんやりあるので。

天狗になっていた小学生時代


クソガキだった幼稚園児時代とは180°打って変わり、小学校の頃は割といい子ちゃん&優等生キャラで通っていた。
自分で言うのもあれだけど、周りに比べたら勉強は出来る方だったから、当時は本当に天狗になっていたと思う。

クラスの学級委員とかも何回か経験しており、幼稚園のころよりかは遥かに楽しい日々を送っていたと思う。

しかし天狗だったが故に、何気ない言葉でまわりを傷つけることもしばしばあった。今思えば周りの気持ちを汲み取れるのが下手だったと思う。
1学年1クラスしかなく、つるむ友達に偏りが出来ていて、友好関係が狭かったのもそうなった要因かもしれない。

小学校がもっと大きいところで、人数もたくさんいてその分いろんな種類の人間がいるところで過ごしていたら、僕はもう少し良い人格になっていたのかもしれない。

あと、つるむ友達がゲーマーばかりで、当時も僕はゲームばかりしていた。その頃はよく親にゲームのしすぎで怒られていた。
もう少し外で遊ぶ友達を作って外で遊べばよかったなとも思う。それもクラス替えがなかった故かな。

恋愛弱者のはじまり中学生


中学校は、近くの小学校3校の地区で構成されていたので、メンツはあまり変わらなかった。
必ず部活に入らないといけないという決まりがあったので、ゲームが好きなオタク気質の友達たちと楽そうな卓球部を選択。
僕は小3から地元のクラブチームでサッカーをやっていたが、運動神経も悪いし、それ以上にちゃんと練習していなかったりで全然上手くならなかった。サッカーはもうやりたくないと思っていたので一緒になって卓球した。

ところが僕は卓球は部内ではまあまあうまい方で、1,2年生の頃は、1個上の先輩がいるリーグで一緒に練習したりもして、気づいたらキャプテンになっていた。(これでまた小学時代の天狗再発か)


一般的に中学生にもなると、お付き合いをし始める人たちも結構出てくるもんだ。しかしうちの中学校は人数少なくて田舎だからなのか知らないが、あまり付き合ったりしてる人たちはいなかったように思える。ちらほらいたけど。

そして中3の夏に僕にも好きな人が出来る。今思えばここから僕の恋愛弱者としての素質が出てき始めたのかなと思う。

夏に好きな人ができたのだ。そう。だがしかし、
その子はいつの間にか他に彼氏を作っていた。はい(終了)


でもその子に彼氏がいても、片思いしているときは本当に楽しかった。
結構な頻度で席も隣になったし、授業中とかコソコソしゃべったり、国語で教科書の音読CD流しているときとかに、ノートに字書いて筆談してたり、多分中3の時が一番青春してたんじゃないかな…。付き合ってないけど…。ないけどね…。

卒業間際にはメアドも交換したし(勇気が出なくてメールでだったけど)好きだったことも伝えたよちゃんと。
今思えばもっと早く直接言えやてめえって思うけど。

1回だけだけど2,3時間くらい好きな子と長電話したこともあって結構いい思い出だったりする。(レベル低っ)

女子とは無縁の高専生活(初期)


中学卒業後は高等専門学校(通称:高専)に入学し寮生活も送る(現在もなお)。
高専は5年制だししかも学科でクラス決まるから、またクラス替えがない天狗小学生時代に逆戻り…と思いきや、寮生活のおかげで友好関係の偏りはそんなに無かった。

僕は邦楽ロックが大好きでライブに行ったりするのが趣味だが、その邦ロックとやらにハマり始めたのは高専に入ってからだった。音楽自体は小学校のころORANGE RANGEとか好きだったからよく聞いていたけど。

はじめてライブに行ったのもこの頃。


そして見出しにあるように、高専初期はほとんど女子と会話してない。いや、したいんだよ。いないんだよ周りに。
高専は工業系だから女子が少ない。高専病という言葉が出来ているくらいだ。
うちのクラス40人くらいいるけど、女子は数人しかいない。

だから高専1,2年のころは好きな人が一切できなかった。

なので(当時はまだちょいちょいLINEとかしていた)中学時代の好きな人を引きずっていたりもした。

ちょっと女の子と喋れる機会があるとうひょおおってなっていた(キモい)。こんなに女の子好きだったっけみたいな。


久しぶりの…


3年生の夏、運転免許をとりに行った。
本当は友達と合宿で行くつもりだったけど、寮の仕事が忙しすぎて予約を友達に頼めず、通いで行くことになる。
でも通いで行けてよかったと思える出来事に遭う。


僕は通いで地元の自動車学校に行ったのだが、高専は高校とは違って免許の校則とかないので、18歳になれば即取れる。しかし高校に行っている地元の友達は、僕が車校行っている時期に免許をとれないので、車校に知り合いがいなかった。だから多分ぼっちで過ごすんだろうなと最初は思っていた。

でもその予想はいい意味で裏切られる。

2,3回目の学科教習からかな。よく一緒のタイミングで教習受けている女の子がいた。しかもめっちゃかわいかった。当時全然女の子慣れしていない僕は話しかけるなんてできなかった。可愛すぎて眺めてるだけでもよかった。

でもあるときに、向こうから話しかけてくれて、それからよく話すようになり仲良くなってきた。そして家に帰ったときとかに思う。

「早く会いたいな…」


これって…もしや…!!!!


という感じで、2年以上ぶりに好きな人が出来た。

それから車校がとてつもなく楽しかった。休憩時間とかお昼ごはんの時とかだいたいその子と一緒に過ごしていた。
その女の子は1歳上だった。まあタメは僕しかいないだろうなって思っていたから年上なんだろうと思っていたけど。

だけどね、世の中簡単に事が進まないのが常。
仲良くなって喋っていくうちに、その子には彼氏がいることが判明。まあかわいいもんね…そうだよね…。

それからは片思いがつらくなってきた。
あと車校が終わればもう会えないのかとか考えだして悲しくもなった。

だけどこのまま終われるか。車校卒業寸前。
僕は勇気を振り絞って、声震わせながらその子にLINEを聞いた!!!!
「いいよ」って言ってくれた!!!!

よく言ったオレ!!!!がんばった!!!!


そして車校を卒業。その子とLINEもちょっとした。
でも衝撃だった…。

なんとその子は「まじ」「まぢ」と打つタイプの子だった。


「…それだけで??」

と思われるかもしれないが、なんか僕はそれで恋心が冷めてしまった。


まあ、そんな淡い切ないあっけない思い出話である。

現在と総括


それから現在まで、好きな人が出来たりもしたが、どうにも運が悪いのかタイミングがよくないのか、彼氏がいたり突然できたりで、ちっとも恋愛は上手くいかない。なんで恋愛ってこんな難しいの。彼氏彼女をとっかえひっかえしている人は、こんな困難なことをどのようにして簡単にやってのけるのか。僕は不思議でたまらない。

産まれて20年。こうして僕はこじらせ男子になっていた。

でも僕はかろうじて、女の子とは目を見て話せるくらいには成長したし、「好きです」とは言ってもらえないけど「彼女出来そうだよね」とかは割といろんな人に言って頂けるので(お世辞の可能性大)、きっとこれから幸せがおとずれるんじゃないかって信じてる……。




現在は日本のどこかの高専の本科5年生として在学中です。20歳です。
進路も決まっています。


自由気ままに自己紹介というか、黒歴史の紹介しました。


でもこうして自分の過去についてあれこれ書いていくと、小学校時代から現在まで、ああしておけばよかったとか、こうしておけば人生違っていただろうなあっていうのが見えてくる。もう遅すぎる反省だけれども。
でも20歳という大きな基点でこうして人生を振り返り、客観的に見つめてみて、初めて見えた当時の自分の悪いところとかが、結構浮き彫りになった。自分を客観視できた点ではつらつら書き連ねてみてよかったと思う。