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ぼそっと僕は小言を言う

それなりに人生やってきたつもりだけど、よくわからない。

ダンボールおじさん

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僕が小学生くらいの頃かな。
ダンボールおじさん」という言葉が、僕たちのコミュニティ界隈で流行した。


なぜかと言うと僕たちが通っていた通学路を少し外れたところに川があって、
そこの河川敷の隅っこにダンボールを敷いてダンボールを屋根にして、雨風を忍んでいたおじさんがいたからである。


彼は俗に言うホームレスだった。



そのおじさんは僕たちが登校する時間くらいになると、川に出てきていつも釣りをしている。

「おい、あのじじい、またサバイバルしてるぜ」
「野生の動物みてえだな。きたねえ」


小学生というものは良くも悪くも素直な生き物で、自分が思ったことをバンバン口に出してしまう。しかもそれを結構な大きい声でだ。


「やーいやーい!ダンボールおじさーん!」

「ちょっとやめた方がいいんじゃないの」

制止役になってくれる友達もいたので、少しは歯止めが効いていた。にしてもあのおじさんは全然言葉を言い返してこない。
自分なんかよりもまだはるかに人生経験の浅い子どもに「ダンボールおじさん」と罵られているのに。並大抵の人だったらぶちギレて説教しに行くか、学校に通報でもいれるだろう。



でもそのおじさんは、僕らがいつも罵声を浴びせても何も言い返さず、学校に連絡すらいれないので、僕らは怒られることが全然なかった。


……その日がくるまでは。








しばらくしてからのことだ。
僕らは友達と「今日は○○の家でデュエルして遊ぼうぜ!」という話をしていた。



そしてまた河川敷の近くを通る。

すると草むらの奥に雑誌くらいの本が落ちていた。
「なんか落ちてっぞ」
「なんだなんだ」


落ちていたのはエロ本だった。
「うわっエロ本が落ちてやがる‼」
「え、まじかまじか」

小学4,5年生くらいだったので、ませている友達はとっくにそういう知識を何処かしらから得ている。



「なあ、このエロ本をダンボールおっさんのところに届けようぜ」

それが全ての始まりだったかもしれない。

「なんで」
「おれの兄ちゃんから聞いたんだけどな、大人ってな、エロいものを見て興奮してな、なんか気持ちよくなるらしいんだぜぇ?!」

エロいものを見て興奮して気持ちよくなるって、まだ純朴ボーイだった当時の僕には理解不能だった。

まあ、そんなことはさておき、僕らは悪ノリというやつで、そのエロ本をダンボールおじさんの前に持っていくことになった。


「あのじいさんはきっとエロ本も買う金ないから気持ちよくなれないんだな。おれらに感謝してほしいぜ」

なんかほざいてる。




でもいざ近づいてみると少し怖くなった。今までは河川敷の手前からヤジを飛ばしていただけだったから、こんな近くまで来ることなんてなかった。初めてダンボールハウスの近くまで寄ることとなったのだ。

主犯格の友達が先頭に立ち、エロ本を携え忍び足で近寄る。4人グループだったので、主犯格の友達の後ろに並ぶ形で他の3人も付いていった。



「なあ、どうやって届けるんだよ」
「どうやってって?」
「はいどうぞって渡しにいくのか?」
「え、そんな直接会うなんて…」
「じゃあダンボールの前にでも置いていくのか」
「……」
「でもそれって意味ないよな」
「届け方……考えてなかった」

まじかよ。僕は心の中でつぶやいた。

「あーもう‼」

主犯格の友達がエロ本をぶん投げた。
まじかよ。僕は心の中でつぶやいた。

そしたらば、ダンボールの中からおじさんが釣り竿を持って現れた。それと同時におじさんの真横にエロ本がとんでいった。

ガンッッ!!!

なんと、エロ本はおじさんの横顔にクリティカルヒットした。
まじかよ。僕は心の中でつぶやいた。


「やっべ!!当てちまったよ!どうしよう」
「くっそ……こうなったら……」
「逃げろ!!!」




「おい待てクソガキども!!!!」

「……!!!!」

荒々しい声が僕たちの背中に突き刺さった。今までどんなヤジを飛ばされても黙っていたダンボールおじさんが、ついに言葉を発したのだ。しかもものすごい怒声だ。
僕は正直若干ちびった。



「お前らずっと俺のこと『ダンボールおじさん』って叫んでたクソガキだろ」



振りかえるとみずぼらしい姿のおじさんが立っていた。服装は、おそらくずっと洗濯していないようなツナギだと思われる。髭も無精髭で生え散らかしている印象だ。何より想像以上の大男で、いかつい顔と風貌であり、ホームレスとは思えない堂々とした立ち振舞いをしていた。そのため僕らはかなりビビっていた。




「い……今まで何を言われても…だ、黙ってたくせに…急になんなんだよ!エロ本投げられたからか?」


よ、よくぞ言った!
主犯格の友達はこういう時に先陣を切ってくれる。助かる。



「さすがにエロ本ぶつけられたら黙っちゃいられねえよ」


そしておじさんは、意外な一言を発した。




「お前らがダンボーダンボールって言ってくるくらいだ。ちょっとは興味あんだろ?俺んち見てくか?」


てっきり殴られたりガミガミ説教されるかと思った。でもその一言はさっきとはちがった優しい口調だった。
でも僕らは小学校でずっと「知らない人には付いていくな」という教えを受けていた。でも、そのときのおじさんのどこか優しくて暖かな口調、そして急に変わった雰囲気から、僕らはなんとなくそのおじさんが、学校で教えられるような怪しい人ではないなと感じ取っていた。

「なあ、ちょっと興味ねえか?」
主犯格の友達がヒソヒソ声で僕らに話しかける。
正直僕も少し興味があった。


「じゃあちょっと、み、見てやろうかな」

主犯格が言った。

「俺はこんなんだがな、一応お前らよりも人生経験ってやつがあるんだ。ちゃんと敬語を使いな」
「へ、部屋を…見せてください」


「いいぜ。あがりな」




そして僕らはダンボールおじさんの住まいに招待された。




中は本当に狭かった。僕の自宅の自分の部屋くらいの大きさはあったんだろうか。なかった気がする。
でも真ん中にはこたつが置いてあって、端っこには包丁をおく入れ物や、まな板、あとガスコンロが置いてあり、調味料も一通り並んでいた。ダンボールの家のくせに、それとなく生活感が漂っている。

「まあ招待しておいて何も無いけどよ、コタツにでも入れや」

そう言われて僕たちは狭いコタツに入る。


「俺はな、こう見えて、前まで料理人をやっていたのだ」
「え、そうなのおじさん」
「あーそうだ。おじさんは自分の店を持っていたんだぜ」

どうりで調味料がいっぱい並んでいるんだと思った。
そしておじさんは自分の昔話を語り始めた。


「俺は昔は個人で魚料理のお店を営んでいたんだ。小さなころから料理には自信があったからね。でもな、現実はそんな甘くなかったんだ」
その時のおじさんはすごく元気がなさそうだった。
「俺はガキのころは勉強が大っ嫌いだった。親にはちゃんと勉強して良い大学入って、安定した職業に就けって言われていたんだ。でも俺はほんとうに勉強がしたくなくて、高校生のときに学校を辞めて家を出た」
「まじか、おじさん」
「ああ、それで親には見向きもしてもらえなくなった。俺は一人暮らししていた友達に頭を下げて居候することになった。そして友達の家を拠点に、必死で料理の勉強をしたんだ」
「おじさんは勉強が嫌いなんじゃないの?」
「馬鹿言え。料理は別だよ」

「生活費を稼ぐためにアルバイトもした。バイトは料理が出来るところを探して、店で料理をしながら働いた。そうして魚料理屋で働いているときに俺は店長に弟子にしてもらった。そこから店長のもとで厳しい修行に励んだ」

僕らはキラキラした目でおじさんを見つめていた。

「そして30歳を過ぎたころに、店長に認めてもらって、莫大な借金をして自分のお店を構えた。自分の夢をかなえた念願の瞬間だった」
「おお。やるじゃねえかおじさん」
「だがな、世の中は簡単にうまく以下ねえもんだ」
「そうなのか」
「おう」


「元々な、俺って別に大した料理の才能があるわけじゃなかったんだ。ただ料理が好きで、料理以外したくなくて、親に勘当されながらも店を持ちたかった。でもな、店はなかなか繁盛しなかった」
「まじか」
「嫁さんにはすごく励まされたけどな。でもあるときうちの店から食中毒が出ちゃって。それで一気に駄目になった」
「………」
僕たちは正直黙るしかなかった。

「莫大な借金を作っていたから返す当ても無く、俺は借金取りから逃げるように逃亡。嫁さんと子どももいたけど見捨てて出てっちまった。最低な親父だよ」
「おじさん…」

「それで俺はここでホームレスをする羽目になったってわけだ」
「へぇ…」


僕は少し泣きそうになった。このおじさんも苦労していたんだ。前まで「ダンボールおじさん」とか言って、馬鹿にしていた自分たちが情けなくなった。

「俺はお前らに"ダンボールおじさん"とか揶揄されても言い返せなかった。いや、言い返す権利は無いなって思っていた。俺はその程度の人生しか送れていなかったからな。ただお前らに本ぶつけられたときは話は別だ。あれは傷害罪という犯罪になりえる。だから俺はお前らを注意したかった」
「傷害罪って…?」
「人を殴ったりして、人の身体を物理的に傷つけてしまう罪だ。まあお前らがダンボールおじさんダンボールおじさん言っていたのも、名誉棄損っていう、人の名誉を精神的に傷つける犯罪なんだけどな」
「……」
「まあ、俺はな、お前らには俺みたいな人生は送ってほしくないんだ。勉強だって今思えばちゃんとしておけばよかったって思っている。勉強したら自分の人生の将来の選択肢が広がるからな」
「そっか」
「おう。わかったか」
「うん」


その時主犯格の友達が口を開いた。
「あの……今までなんか、……悪いこと言っちゃってごめんなさい」
「ごめんなさい」
僕らはそれに続いて謝った。

「別にいいんだ。気にしちゃいねーよ」








その後もおじさんは河川敷にダンボールの家を携えたまま、生活していた。
でもある時を境に、河川敷からダンボールの家がなくなった。

僕らはダンボールおじさんが死んでしまったんじゃないかと少し心配していた。しかしそんな心配は無用だった。

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数日後に僕たちの学校の近くに小さくてぼろいけど、寿司屋が出来ていた。
僕たちは少しのお小遣いをもってその寿司屋を訪ねた。

「へい、らっしゃい!!!」

あの時聞いたようなするどい声が僕らの胸に突き刺さった。相変わらずの無精髭だが、すごく元気な姿の見覚えのある大将がそこにはいた。







※この話はフィクションです。
 登場する人物、団体は、実在のものとは一切関係ありません。